昭和52年08月30日 朝の御理解



 御理解 第69節
 「信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。」

 信心は中々難しい。私どんにはでけんと暇もないしお金もかかるし、と言う様な人には確かに信心は難しい。けれども信心が信心所謂まあ言うなら、真の信心というかね、おかげを受けたいからお参りをするというのは、私はそれは信心じゃないと思う。私共の日本人の観念というものは、悲しい時の神頼み。だから神様やら仏様にお縋りをすると。というのが信心と言う様に、ま思い込んでおる所がありますよね日本人は。
 これは日本人誰でもそうでしょうけれども、けれども教祖様が仰る、なら十年と信心が続いたら我ながら喜んで我が心を奉れという様な信心は、所謂おかげ信心ではわが心、よし五十年信心を続けても奉れる様にはならないと思うね。ですから十年もしたら我とわが心が拝まれる、わが心を奉れれる程しの言うなら信心。そういう信心を目指したら有り難いと言う事になるのです。
 明日、今学院生が6名帰って来ておりますその6名の者が明日帰りますので、帰らせて頂いた教会の成り立ちという様な事を、これからのまた自分達の使命ということに付いてレポートを出さなきゃならなくなって、昨日6人のを全部、あの読ませて頂いたら、皆んながもうあの、話し合って書いたかの様に同じ事を書いている。
 私の師匠は大正三年四月一日うまれであって、と言う所から皆んなが始まってるんです。こりゃしかしまあその成り立ちっていうか、そのお道の合楽の信心が始まったと言う所はやっぱそこを書かなければいけんのであるけども、そのいわゆる語り口というか、書き出しがみんな同じで、最後まで大体同じなんです。けれどもこりゃやっぱりその通りの事なんだからと、あの読ませて頂いたんですけれども、言うなら真の信心をさせて頂くという、真の信心が分かりたいという、それが私のいわゆる子供時代。
 幼少時代からそういう信心の、まあ意欲というものが出来て来ておると、その事をまあ細々と、私が60日生まれて60日振りに大火傷をした事から、5歳の時に疫病でもう助からんというのが助かった事から。又は岸先生と亡くなられた親先生とが話しておられる、もう何人の事はいりませんから、真の信者を一人だけでも育てて下さいと、まあ言っておるその問答の事から、それを横で聞いておった。
 私がまだ十歳位の時の事で御座いますけれども、その真の信心信者に私がなろうと思うて大変感動した事やら、爺から教えられておった。例えどんな腹の立つ事ががあっても、ひとつだんくらせられてからでも、決して喧嘩どんしちゃならんぞと、私の母の父です爺です、大変仏教の徳信者、徳信とはあんなのを言うのであろうと思われる様な信心厚い人でしたが、ですから私に総一っちゃんもうひとつだんくらせられたっちゃ決して、喧嘩はしちゃならんぞと。
 なまんだぶなまんだぶ、なまんだぶと言うて、唱えよると腹の立つだん良うなる。と言った様な事が実際問題に当たった時に、私がなまんだぶ、なまんだぶなまんだぶと言うて、それこそ何か訳の分からん涙にむせんだ時の事やらの話が、6人が6人ながら書いてるんです。だからその真の信心に先ずはね、私がなら十歳なら十歳の時にその真の信者に私がなろうというその、真の信者になろうという願いが先ず立てられなきゃならない。そして矢張り本気で教えを行じなければいけない。
 昨日も今度もう学院に帰ります、千恵子さんが今度二学期に入りますので、一学期は本当に、自分の思うような信心も出来なかったから、二学期今度帰らせて頂く心掛けというものを、どういう心掛けにならせて頂いたら良かろうかという、お伺いが御座いました。それでねあんたはもう必ずここで失敗をするという、言うならば所をです所謂もう必ずそこで失敗するのだから、そこん所を本気で修行させて頂いて、またそう言う事が起こったならば、この人はどういう時に失敗するかというと必ず子供のことです。
  子供が手紙なんかをやりますともう途端に悲しゅうなる。何か子供が不平不足をども言うて来ると、もう飛んで帰ろうごたる。そして、何日間かは取り戻す事が出来んぐらいに、そのま悩むんです。
 ですからもう順調に有り難い勿体無い、もうこげな有り難い、御本部という所はこんなに有り難い所だろうかというて手紙が来たかと思うと、その次の手紙にはもうがっかりする様な事をいうてよこして来る。そりゃそうですね、大体人情から言うたら親一人子一人の中で、そしていかにもその自分の里である所の原さん所に預けてあるとはいうても、矢張り親一人子一人の中ですから、人情から言えばそれが本当。
 しかしそれを殺して、言わば修行に行っているのですから、もうその子供が何かと言う所で何時も失敗している訳です。ですからもう何とか言うてこんじゃろうや、今度どげな事いうて来ても驚かんぞ悲しまんぞ、飛んで帰ろうなんて思わんぞと言う様にです、こちらが待つぐらいな気持ちにならせて頂いたら、どっこいとそれを受ける事が出来る、と言う様な、だからそこん所いっちょ気を付けたが良かろうねと。
 まあ恐らく今日皆んな5人6人の者があちらへ帰りますから、帰る前にはそれぞれに一学期はあんまり成績が良くなかったから、二学期はもう親先生に心配かけないように頑張って来ますと恐らく言うだろうと思う。それで私がどう言う事を言い持たせてやろうかと、まあ昨日から考えさせて頂いてる。所が神様からねその自分の欠点必ず自分はここで失敗する又は自分の欠点、だからそういう自分の欠点が出ろうとする時、自分の対処が出ろうとする時に、どういう心掛けになったら良いかと言う事はもうない。
 そして御神号を唱える以外にはないと言う様な事を頂きました。「生神金光大神様、生神金光大神様」と生神金光大神天地金乃神と、もうお縋りをする以外にはないって。だから先ずは自分の欠点であり、又はここが自分の悪い所だと言う所を先ず知って、その悪い所が出ろうとする前に、出ろうとする前に、生神金光大神、御神号を奉唱する以外にない。私は早速夕べ、床の中でその事を頂いてから。
 本気で生神金光大神天地金乃神を一心にお縋りさせて頂いたら、もう本当に十回二十回と繰り返しとる内に有り難涙がこぼれて来た。不思議ですだからその有り難い涙がこぼれて来る様になると、なら自分の欠点も出ないし悪い所も出ようとする前に、それを防ぐ事が出来るのです。折角修行させて頂いておるのに、こういう欠点が出ては同じここで又失敗する様なことが起こっては、だから失敗する前にその寸前にです、なら自分の心の中に、おかげ落としの心が起こって来た時にです。
 はあこれが私の欠点だと解った時に、もうそれこそ生神金光大神天地金乃神を一心に御唱えする。そこから有り難いものに必ず触れる事が出来る。触れる所まで御唱えをする。その有り難い心を持ってすると欠点も出らない、ここで失敗と言う事も無いおかげが受けられる。だから明日帰る時にはこの事を、ま言うて持たせようという風に思いました。それとてもです、なら真の信心を目指さなければそういう心にはなれません。
 もうおかげ頂きさえすりゃあ良かけんでと言う様な事じゃったら、欠点が出ても悪い所が出ても又そこで失敗させて頂いても、おかげなら頂けますから。昨日ある方から電話が掛って来た。もうギリギリどうにもならんと言う所のお届であった。もう神様にお縋りするしかないじゃないですか、と言うて電話を切って、私お願いをさせて頂いておりましたら、九、ね、漢字の九という字から一、二、三、四の九ですから、八の字に下に落ちるとこ、下がるとこを頂いた。
 大体言うたら九から十まで、十にいくその大事な所をもういっちょ神様に前進して、十にならせて頂く所におかげがある訳なんです。けれどもその人の場合はそういう又ゆとりも信心も分かってはいないですから、一つ手前の所の八の字をこう頂くですから、はあこりゃおかげを受けるなと私は思うた。八の字というのはその難儀な問題が開けると言う事なんだから。だから信心が出来ていなくてもです、おかげを受けると言う事ならば、一心にお縋りをするか、一生懸命お参りをすりゃ頂くけれども。
 なら真の信心今日皆さんに、信心は見易いものと言う事は、おかげを受ける信心は難しいです。だから私が十歳の時に本当に思うた。その真の信者に私がなろうと、思うた途端にどこから沸いて来るか分からん喜びに浸らせて貰うて、その横にあるみかん畑の中に入って、あの私が泣いたというお話が、でんせつの様に残っておる訳です。けれども是は私がおる間、段々まだ先になったらでんせつの様になるかも知れませんけれども。これは本当に事実なんですから。
 だから私は十才の時から、その本当の信心を頂こうというその心が天地に通じておった。その天地の感動が私の十才の子供の心の中に現れたとしか思われません。それこそしもやけの足をいやと言う程踏まれた時にです、腹が立って拳を振り上げたけれども、はっと自分の心の中に、ひらめいたものははあナマンダブ、ナマンダブと言えと爺が言うとった事がひらめいて、そしてナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブと言うておる内にね、痛さがなくなりだけではなくてです、それこそわけの分からん涙がこぼれた。
 本気で教えに取り組んだ教えに、言うならば行じる所に神様の感動を受けたんだと私はそういう風に話しをしております。だから先ずはなら真の信者にならせて頂こう、そして本気で教えを行じさせて頂こうというその姿勢を持って。これもまた六人の人達がみんな口を揃え、筆を揃えて、ま書いております最後の所にですね、所謂親先生の信心を頂いて、それこそどう言う所にでも、難儀な氏子が取次ぎ助けられる、その場を与えて頂くそういう人助けの使命を感じると言う事を、最後に書いております。
 それにはならおかげ信心位な事で人が助かる筈はない。真の信心が分かりたいと先ず思う。そして教えを本気で行じようという、そこからそれこそどんなに足を踏まれてもです、どういう人からどう言う事を言われても、ナマンダブ、ナマンダブ、ナマンダブと、言うなら教えられた事を行じていく内に、なら今でいうなら生神金光大神と御神号を御唱えする事でしょう。そこから、理屈ではない信心の喜びが頂ける。その信心の喜びが次のおかげをキャッチするのです。
 今日は信心が見易いと言う事は、ただおかげ信心では矢張り難しい。教粗がここにはっきり仰っておられるように、十年と信心が続いたら我ながらわが心を奉れと言われる程しの信心とは、いわゆる真の信心を目指すと言う事だと、もう必ず真の信心を目指すならば、十年の信心が続いたなら、我ながらわが心が奉れる様になるだろうと、私は思います。信心をさせて頂いておると、本当に神様がそういう信心になれよという、言うならばお導きが必ずあるです。それを気付くか気付かないかです。
 真の信心になれよと。昨日聞かせて頂いた話ですけれども、この1週間ばっかりの間に二回、直ぐそこの場所も同じ所で、あの大きな交通事故があってる。それが二人共高塚さんにお参りに行かれての帰りだったらしい。ただおかげ頂きたいで、例えば参っておったら、もう高塚さんもないじゃろうとこう思う。けれども是が真の信心であったらどう言う事であろうか。それを境に一段と信心が進む事だろう。信心しとるから雨も降らん風も吹かんと言う事は絶対無い。
 しかも例えば御参りの帰りであってもそうであった。久保山先生なんかそうでした。それがなら、その信心が貧乏ゆるぎもするだんの事ではない、益々それが家内に子供達に信心が伝わって、今日のおかげを頂いておる。だから真の信心というのは、そういう在り方にならせて頂かなければいけんのです。謹んで皆さんにご報告せんならん、貼り出しがして御座いますからご承知でしょうけれども、久保山のおばしゃまが昨日5時ですか、御国替えのおかげを頂かれました。
 もう本当にそれはそれは、本当にもう神乍らな御国替えだったそうです。もう愈々難しかろうかという所から、おかげを頂きました。これも医者がたまがる様におかげを頂きました。そして御礼参拝も出来ました。そして又今度悪くなられて、もうそれはもう本当に、あんまりあの苦しまれる時には子供達がもう本当に身代わりになれるもんなら身代わりになり、身代わりになりたいと、ま思うたというておりますが。
 ちょうど亡くなられる二日間前が大変苦しまれた。ちょうどその時、あの長男の茂さんが、ここにあの御用にもう朝から、晩の11時過ぎまでも御用せんならん様な御用に、出て来ておりました。それでまあ一日二日掛るから、昨日の朝も私は出て来ましたから、あのあら3日も続けて休んじゃよかですかて、あの私が申し上げた。いえ実は今日は母が御国替えのおかげを頂いたという御礼届がありました。
 もう本当に私も何か知らんけれども、御国替えのおかげを頂いたと聞いてから、肩の荷を下ろしたのは。昨日が初めてでしたと言うのはね、私が今年の元旦に久保山のばばしゃまと佐田のばばしゃまが二人で、あの獅子舞を舞っておる所を頂いたんです。獅子舞ということは言うならば、お終いと言う事でもありましょう。死の死の、死の舞いと言う事でありましょう。又人生最後の言うならば、神様へ奉仕の舞いと言う事にもなりましょう。で、具合が悪くなったとも聞いた時から。
 私の心の中にはねそれがずっとある意味で重荷になっとったんです。頂いた通りに佐田のおばあちゃんが亡くなりました。総代さん女の総代さん達が二人亡くなられた訳です。あの獅子舞の連れ舞です。二人で舞っておられる舞い。こりゃもうだれかれに言う訳にはいけんから、若先生だけに実はこうこうだと。若先生もだからそれを聞いた途端から重荷になったごたる風です。おばしゃまがお礼参拝にして来とる。今度は十月の御大祭には、どうでん御本部参拝のおかげを頂きたいって願っておる訳なんです。
 今度あの正義先生が、委員長でここで告別式が今日三時から御座います。もう夕べほとんど寝ないで準備があの、祭場が出来ております。私が丁度一時半頃出て来た時に、まだ一生懸命やられおりましたから、もうそれで出来終わっておるじゃろうと思いますけれども、あの委員長が贈り名を頂きたいと言うて願いにきました。で神様にお願いさせて頂ましたら、久保山文、佐久弥真心姫(さくやまごころひめ)之霊神と頂きました。さは佐田の佐、是は合楽という意味でしょう。
 くは久保山の、大体は苦しみの苦を頂いたんですけれども、是は修行という意味をしとる事ですから、是を苦しむ苦をいかんから、久保山の久に致しました。さくやは弥益々の弥であります。真心姫之霊神。本当に満70歳でしょうか、になるまでにもうどのくらい一生のアクというかその垢というか、落とされる為の働きがもうたびたびあっておるのに、私が頂いて、この元旦から今日まで非常に凄まじい勢いで、言うなら垢落としの修行があった事を感じます。
 本当にあの世に行く時には、もうこの世での垢も、そういう働きを受けているんです。それこそ、和子さんがお国替えのちょっと前に、あのして頂いたらもうこう意識が遠くなっとったげな。だからけれども親先生、親先生、親先生と言ってから、確かにその言っておるのがだけが聞こえたと言うんです。本当に自分で自分の心が拝めれる様な所までおかげを頂いた、この一年間でそういう修行が、もうその事だけに絞られて、神様修行させなさったという感じが致します。
 お互いがね折角信心をさせて頂くのですから真、真の真の信心を先ずは目指す。本気で教えを行ずる。それはもう教えを行ずる事にも非常に素直になっておられましたです。もう本当に、苦しい時には必ず心が乱れておる時、和子さん今日の親先生の御理解は、今日親先生はこう、本当和子さんそげんじゃんのっち、言うた途端からおかげ頂くとですから。例えばもう二十日もご飯がいけなかった時なんかはですね、その朝の御理解を頂いて本当に和子さんそうじゃんのっちゅうて、それからお腹が空きだしてね。
 もう大体はあの干し魚の様な物は絶対朝からは頂かせんとが、もうなぁにん無いちゅったらそれでいいからというてご飯頂いた。昼には又お腹が空いたと言うてから、そのご飯を催促する程しのおかげを頂いた。もう心が一変すると言う事はもうそんな凄まじいおかげを頂ける事なんです。そういうおかげの中にもです、もう本当に久保山フミその人がこの世での言うならば、その垢というかアクというか、そう言う物をもう神様がすごくようにしてね、あのおかげを下さった事を思わせて頂いて。
 昨日のそのお国替えというのがね、もうどこからどういうても神乍らであると言う事です。今日の告別式なら告別式、もう合楽に何にも差し障りのない、久保山の家にも同じ事ですけれども、明日は孫の順子さんがあちらへ帰らなきゃならない。そのなら順子さんを、まあ本当におかげ、こう他人事じゃないけれども、順子さん神乍らなお国替えちゅう事が分かろうが、是だけでもと言うて、話した事でしたけれどもね。
 もう本当におかげを頂いてのお国替えで御座いました。だから一生懸命信心をさせて頂いておれば必ず神様がね、そういう真の信心にならせずにはおかんという働きが始まりますから、始まる前にね。先ず自分から真の信心を願わせて貰うと言う事。真の信心を目指させて貰うたら、なら真の信心とはと言う事になりますから、教えを行じず訳には参りません。それにはなら私が明日学院生が帰る時に言い持たせてやろうと思う。
 それには人間それぞれのアクがあり、又はおかげも受けられん言うならガンの様な物があります。言うならば短所であり欠点である。自分は何時もここで失敗をするという、言うならば弱い心がそこにある。他の事には強いけれどもこの事だけには弱いというのがある。だから弱い心が出ようとする時、言うなら又このアクが出ようとする時に、言うならば御神号を奉唱し奉らせて貰う所からです。不思議に有り難い物が湧いて来る。その有り難い心をもってすると、失敗する筈の所が失敗せんで済む。
 何時もここでおかげを落としておったと言う所を無事にそこを通過する事が出来るという様な信心が確かに十年続いたらです、我ながらわが心が奉れれる程しの、おかげが頂けれると私は確信致します。今日は信心は見易いもの、金光教の信心ではこげな行をせんならん、ああいうといういわば、戒律と云った様な物がない。御神誡あります。けれどもその御神誡は自分が行じよう、守ろうと思うたら誰でも行じられる事ばっかりだという意味合いでですね。
 お道の信心は見易いと言う事でも御座いますけれども、本当の事は真の信心を目指さなければ、おかげ信心ではやはり難しいと言う事です。真の信心を目指せば、目指させて貰えばです、それこそ有り難うなり嬉しゅうなり、それこそ愉快な信心が出来て来る。成程見易いのだと言う事が分かります。その稽古の過程も楽しいです。それを体得してしもうたら、愈々こんな楽な事はない、こんな見易い事はないと言う事になります。どうぞ信心が見易うなる様な信心を、先ずは目指す事ですよね。
   どうぞ。